スローシネマ ムーブメント

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scm-toha

 サティシュはぼくにとって先生であり、精神的な師(グル)であり、環境運動や平和運動の指導者なのだが、ぼくは友だちのように彼を「サティシュ」と呼んでいる。でも、それが普通なのだ。サティシュがそれ以外の呼び方で呼ばれるのを、聞いたことがない。そして、誰もが格別の親しみをこめて、彼の名を呼ぶ。まるでその名を呼ぶこと自体を愉しむかのように。
 ぼくは彼の話を聴くのが大好きだ。同じ話を何度も聞きたいと思わせる、彼は数少ない人だ。話の内容がいいのはもちろん。でもそれだけではない。彼と話す愉しさは、彼と共にいる愉しさでもある。ぼくは彼と一緒にいるだけでうれしい。彼も、あきらかにぼくと一緒にいることを喜んでいる。そして、おそらく彼はだれとでも、その人といることを存分に愉しめる。彼がどこかでだれかといる、あるいはひとりで何かをしている、と考えるだけで、ぼくの心がホッと落ち着く。そんな感じなのだ。
 「今、ここに、いる」―Being here and now ということの意味をサティシュほど実感させてくれる人をぼくは知らない。「いる」というと、何か、動きのない受け身的で消極的なあり方をイメージするかもしれない。ぼくたちの生きている現代社会は、「する」価値ばかりが称揚される“するする社会”だ。「する」は行動的で積極的で発展的な生き方をイメージさせるのに、「いる」は、変化に乏しい退屈な日常をイメージさせる。そこでは、「すること(doing)」の過剰によって、「いること(being)」の意味が奪われている。
 しかし、「無為」の思想を唱えるタオイズム(道教)の祖、老子によれば、あれこれ「すること」が積極的な生き方だというのは単なる偏見にすぎない。そして、実は、「しないこと」や「いること」からこそ本当のダイナミックなエネルギーが流れ出す。「今、ここ」から、未来は紡ぎ出されるのだ。
 仏教思想家であり僧侶であるティク・ナット・ハンも言っている。「何よりも私たちの時間は、ただ在ることのためにあります」、と。
 しかし、どうだろう。ぼくたちは常々、「前向き」とか、「未来志向」とか称して、前につんのめった生き方を自らに、そして周りの人々に強いている。いい学校に入るため、いい会社に入るため、豊かな老後を過ごすために、「今」を犠牲にし、裕福な社会をつくるためと言っては「ここ」を破壊する。「今、ここ」は単なる手段へ、単なる「資源」へと貶められているのだ。
 タオイズムとは今で言うエコロジー思想のこと。今日、人類の生存を揺るがしている環境危機なるものも、タオ(生態系)の働きや調整力を信頼できずに、なまじ人間があれこれ手を出してきた結果だ。次から次へと「すること」を考え出しては、「発展」や「開発」と称して、地球をいじくり回す。人為(すること)の過剰が、生存(いること)や自然(なること)を破壊する。まさにそれこそが、この数十年の間、世界に起こり続けてきたことだったろう。
 現代人は忙しさで押しつぶされそうだ。忙しさとは何か。限られた時間の中に入りきらないほどの「すること」を詰め込もうとすること。それは「いること」から、逃げ回っている姿だ。まるで自分の存在の陰に怯えるかのように。
 その「すること」を引き算し、もう一度、自分が今、ここに生きて「いること」の喜びをとり戻すこと。それがスローライフだ。「一人ひとりが今、そこに生きているという、ただそれだけのことが祝福される社会を想像してみてほしい」。これは、言語学者ニコラス・ファラクラスが実際に暮らして経験したパプア・ニューギニアの社会のことを語った言葉だ。ジョン・レノンの言う「イマジン(想像してごらん)」は、決して単なる夢や絵空事ではなかったのだと思う。
 DVD の中でサティシュが伝えようとしているのも、そのことだ。人はだれもみな仏性をもって生まれてきた「菩薩」だ、と彼は語る。とすれば、「今、ここに」あなたが生きていること自体が神聖なのだ、と。またDVD 本編の最後で彼は、内在的な力である「パワー」という言葉を、外在的な力を表す「フォース」と対比しながら、「いること」自体がもつ本源的な力について論じる。
 平易な言葉で東洋思想を語るサティシュが輝いている。そのサティシュとともに「いる」ことを実感しながら、彼が「いること」について語るのを聴く。その一瞬一瞬がぼくたち製作にかかわった者たちにとっての喜びだった。あなたにも、このDVD を通じてそれを追体験していただきたい。
 このDVD がぼくにとって特別なものである理由は他にもいろいろある。映像作家の本田茂、環境= 文化運動の同志である中村隆市、馬場直子、加藤登紀子、益戸育江、松谷冬太、上野宗則をはじめ、尊敬する友人たちとともに過ごした「今、ここ」が、そこにはいっぱい詰まっている。
 それが、このDVD と出会ってくださったあなたのうちで共鳴を起こし、あなたの「今、ここ」を輝かせますように。
 未来はきっと、そこにある。